釣りの本質は「自然を感じること」なのかもしれない・・・



この記事の所要時間: 215

 

釣りというスポーツは本質的に自然を感じる環境にいなくてはいけない

 

※再生すると7分のところから再生されます。

この動画の7分20秒のところから語られていることで、全くその通りだと思っています。

 

結局、僕の場合、東京に住んでいますが、極端に自然を感じることができない地域では、真の意味で釣りの上達は難しいと感じています。

ここ数年東京に住んで、感じることを田辺さんが言ってくれました。笑

 

遠征しに行ったとしても単独の釣行では、深い意味での自然のリズムやその変化を感じ、勘を働かせることが難しいのです。

 

シンプルですが、これは事実だと思います。

例えば、バスプロがプリプラクティスと言って、試合会場となるフィールドで、試合の練習前の練習をしたりします。

理由はそのフィールドに体を慣れさせるためにやっていたりします。

 

一般の人が、本当に釣りの上達を目指すのであれば、常に釣りができる環境を整えることを大事にするべきなのは言うまでもありません。

 

読んでくださっている方はどこに住んでいますかね?

 

ロックフィッシュゲームは極めたくても極められない

 

「ロックフィッシュゲームは極めたくても極められない」とは、ロックフィッシュのエキスパートである佐藤文紀さんが発言された言葉です。

 

僕もまさにその通りだと思います。

長く釣り場に通い続けなくては、わからないことが釣りには多すぎます。

 

身がいくつあっても足りないのが、正直なところです。

 

でも、魚は魚、種類が一緒なのであれば、自分のフィールドで培ったのものは他の地域のフィールドでも活きることは間違いありません。

そのため、釣り場では難しく考える必要はありませんが、釣り場のコンディションや魚に対して合わせていくプロセスは非常に大事なことであると感じます。

 

しかし、釣りを極めようとする限り、自然の中に溶け込むくらいの気持ちを持って釣りという趣味に向き合うことが大事であるのかもしれません。

だから、ある意味、日本に昔から存在するイワナ釣りやヤマメ釣りの名人達のように、自然と同化して、知恵を働かせ、忍耐力、精神力、体力を用いた総合的な人間としての力が試される趣味なのかもしれません。

 

僕の言っていることは大げさではなく、アングラーで高みを目指すのであれば、必ず人間の本能的な力が試されます。

 

そこがアングラーとしての底力ではないでしょうか。

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